“エネルギー≪人≫” (あおばタイムズ 71)

 先日、すばらしい方にお会いしました。心理関係の講座に参加していた時の先生なのですが、その方から醸し出される雰囲気というか、その人から感じられるエネルギーがすばらしかったのです。先生は外国人の女性の方で、例えて言うならマザー・テレサのような、いつも穏やかな微笑みを湛えている方です。じっと目を見つめて話を聴いてもらっていると、「それでいいんですよ…」とすべてを許容してもらえるような、まっさらで澄みきった心持ちにさせてくださる方でした。
 私たちは人に会うたび、無意識にその人のエネルギーを感じているように思います。例えば「やさしそうな人」、「情熱的な人」、「さびしそうな人」、「圧迫感のある人」…。「何となく好き」とか「何となく好きになれない」などと感じるのも、その人の持つエネルギーを受けとっているからなのでしょう。私は講座に参加している間、先生の存在そのものに癒されている感じがしました。その人と共にいると、なぜか自分までが穏やかで優しい気持ちになれる…そんな経験をしました。そして、自分もこんなふうになれたらいいなぁ―と、心から思いました。先生の姿を見ていて教えられたのは、人に何かをしてあげるというよりも、その人が静かにその人らしくあろうとすること、安心してその人らしさを自由に穏やかに表現していくことをサポートする、優しくて受容的なあり方でした。まさに、カウンセリングをするにあたって自分が求めていたのは、このような姿勢だったのか…と、まるで生きるお手本を見せられたかのようなおもいでした。
 皆さんも、いろんな人や場所・物などのエネルギーを感じてみてはいかがでしょうか。ありのままのエネルギーを感じながら行動していると、頭で考えるよりもスムーズに物事が展開していくかもしれません。自分の存在と周囲の世界が調和しながら進んでいく―そんなイメージを得られるきっかけになるかもしれません。

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“ユングの世界” (あおばタイムズ 62)

 人間の心理について勉強を続けていますと、どうしても従来の科学では充分に説明しきれない事柄に多くぶちあたってしまいます。私が学生時代に出会って魅了され、心療内科やカウンセラーの道へと進むきっかけともなったユング心理学は、そのような要素をたくさん含んでいる体系です。人間の心理は遺伝やその人が生まれ育った環境によってのみ影響を受けると考えていた既存の心理学とは異なり、ユング心理学においては、現代の量子力学など新しい科学とも結びつくような深淵で広大なひろがりをもった世界が、ユング自身の徹底した“自己探求”によって見出されたのでした。七月にお亡くなりになった河合隼雄先生もまた、わが国にユング心理学を紹介しながら生涯にわたって深い自己探求を続けられたお一人でした。
 ここで皆さんには“目に見えない世界”への感覚を養い、自己探求のきっかけや材料にしていただけるような、ユング心理学に特徴的な概念をいくつかご紹介したいと思います。①『夢』…ユングは夢を、その人が覚醒している時の顕在意識(表層意識)よりももっと深いところにある潜在意識と、さらに深いところにある無意識の世界から浮かびあがってきた表象とみなし、自己探求のための大切なサイン(しるし、象徴)だと考えました。②『集合的無意識』…顕在意識→潜在意識→無意識とより深遠で混沌とした世界へ進んでゆくにつれ、人間は“集合的無意識”という万人に共通したイメージの宇宙でつながっていて、そこへたち帰っていくものと考えられました。たとえば世界各地で語り継がれている地球創生神話の中身に共通点が多いのも、それは世界中の人間が共通した集合的無意識に根ざしているからと考えられます。③『共時性(シンクロニシティ)』…いわゆる「意味のある偶然」あるいは「偶然の必然」といった、まるで偶然のようでありながら深い関連性のある出来事やしるしが、あたかもタイミングを計ったかのように同期的に起こってくる現象をこのように呼ぶことで、ユングは人生の背後にある人智を超えた大きな意思・意図を感じようとしました。
 数年前に、心臓移植を受けた人が生活していたところ、もともとその心臓をもっていたドナーの人の記憶が蘇るようになった―という内容の本が話題になりました。従来の科学では私たちの記憶は脳の中に貯えられていると考えるのが一般的ですが、もし心臓移植によって記憶が人から人へと受け継がれるとするならば、ひょっとすると心臓の細胞の中に、あるいは細胞に含まれるDNAの中に私たちの記憶がコードされ保存されている可能性があります。もしそうであるならば…ユングの言う、人類の根源的記憶のプールとでも言うべき“集合的無意識”は、科学的にも根拠をもつのかもしれません。このように考えますと、心理にしろ科学にしろ、どのような分野を入り口にするにしても深い“自己探求”を行ったその果てには、すべての事実をつないでくれるような宇宙全体の真実が見えてくるようにも思えるのです。

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“細胞が共鳴する” (あおばタイムズ 37)

 連休中に九州の山あいにある温泉へ行ってきました。一才になる息子を連れて宿泊するのは難しいと思っていたのですが、妻の親友が小さい子供連れにも親切な旅館を教えてくれたので新幹線とレンタカーを使って足を伸ばしたのです。この一年間というもの、共に医者である妻と仕事・家事・育児にフル回転でしたから、二人にとっては何だか慰労会のようでもありました。
 それにしても、一日中せせらぎの音が聞こえ緑に包まれた温泉では、小さい息子が昼も夜もスヤスヤと寝ていたのは驚きでした。ふだんは保育園へ通っていて夜中も時々ぐずったりするのですが、宿泊している二日間はぐっすりと眠っていました。親である私たち二人も、いつもとはちがって深い眠りについていました。仕事もなく休暇ということで気分的にリラックスしていたこともあるのでしょうが、自然の中で過ごすことで体そのものが喜んでいるようでした。まるで全身の細胞が、きれいな空気や水・木々の緑に共鳴しているような感覚をおぼえたのです。
 青葉区や都筑区といった地域は比較的緑が多く住みやすい環境だと思うのですが、いざ本物の自然が生きている場所へ行くといろいろなことを考えさせられます。時間の流れのちがい、人間らしく生きるとはどういうことなのか?、都会で生活していると当たり前だと思っていることが異常に思えてくることさえあります。あまり声高に環境問題などと叫ぶつもりもありませんが、やはり人間というのは生き物で、自然の中にいるとそれだけで元気をもらえるのを感じました。環境にしろ、食事にしろ、つき合う人々にしろ、触れ合う際に自分の細胞が共鳴するようないきいきとした感覚を大切にしたいと思いました。

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“猫に学ぶ” (あおばタイムズ 28)

 五月に赤ちゃんが生まれる前、心配していたのが以前から飼っている猫の存在でした。エンゾは福岡に住んでいる時から八年のつき合いですし、三歳になるアメリもすっかりわが家の一員です。それでも小さい赤ちゃんに爪を立てはしないか、足で踏んづけたりしないか…と心配をしていました。キャットシッターの方は「大丈夫です。かえって赤ちゃんの面倒を見てくれますよ。」と言ってくれたのですが、私たち夫婦は半信半疑でした。
 ところがいざ赤ちゃんが生まれてみると、猫たちは赤ちゃんに五十センチ以上近づくことがありませんでした。いつも少し離れたところから、神妙な面持ちで赤ちゃんの顔をのぞき込んでいました。今は猫に興味を持った赤ちゃんの方から手を伸ばして背中の毛をわしづかみにしてしまうこともあるのですが、猫の方はおとなしく、されるがままにしています。
 赤ちゃんが生まれてからというもの、以前ほどかまってあげられなくなった彼らにはストレスも多いかと思うのですが、かけがえのない存在にゆずる姿勢を見せてくれる猫たちは賢いと思います。とくに生まれてからしばらくのあいだ赤ちゃんに見せていた態度は、今思い出しても何か新しい生命に対する敬意に満ちていたように感じられます。
 あのような猫たちの様子を見ていると、動物も人間も、ほかの誰かに教えられなくても初めから本能的なやさしさや思いやりを持っているように思えてきます。
まだ私たち夫婦の子育ては始まったばかりですが、できることならそんなやさしさや思いやりを、息子の内側から引き出してあげるような育て方をしたいと思います。そして息子はきっと二匹の猫との関係を通じて、それらを学んでくれることと思います。

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“一生の宝物” (あおばタイムズ 14)

 生まれたばかりの子供が家族に加わって、妻ともども子育てに明け暮れる日々を送っています。赤ちゃんが生まれるとオムツ交換やミルクをあげるので一晩中忙しくなるとは聞いていたのですが、全くその通りでした。以前病院で当直をしていた時も大変でしたが、あまり眠れないのが毎日のように続くという意味ではそれ以上かもしれません。(それでもまだ妻よりは私の方が眠れているのですが…)
 思えば、私たちは幼い頃から予定された時間やスケジュールに合わせて暮らして来ました。保育園・幼稚園から大学に至るまで時間割に従って行動し、大人になった今でも時間で決められた仕事をしながら生活しています。新しい生命の誕生は、そんな決まりきった日常に一石を投じてくれました。先の予測がつかないというのも新鮮な経験です。
 『世界ウルルン滞在記』などの番組で私たちの知らない外国の人々の日常生活が垣間見られることがありますが、家族間の愛情の深さに驚かされてしまうことが度々あります。同時に映像を通じて、今の日本とはちがう時の流れが感じられてくるのです。そしてそれを目にした時、暖かく懐かしいような心持ちになります。
 人間がより良く生活するために時間が利用されるようになったと思うのですが、今の私たちの生活は逆に時間によって支配されているようにすら感じられます。本当に大切な時に時間を忘れてコミュニケーションをとることができれば、それは家族にとって一生の宝物になるにちがいありません。子育ては大変ですが、時間を忘れて夢中で生きるすばらしさを思い出させてくれるような気がします。

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“心の声、体の声” (あおばタイムズ 11)

 三月二十一日。その日私は五年前まで暮らしていた福岡市へ行く予定でした。前日は広島の妻の実家に泊まり、朝早く起きて妻と一緒に新幹線で向かうつもりでした。ところがその朝、二ヶ月後に出産を控えた彼女の様子がいつもと違うのです。久しぶりに親友に会えるので私以上に福岡行きを楽しみにしていたのですが、前の日から歩いている途中で度々お腹が張るようになっていました。どうするかさんざん迷った末、残念ながら今回は福岡行きをとりやめることにしました。
 妻の携帯電話にメールが入ったのは十一時半すぎ。彼女の友人は博多駅の構内で震度六近い地震に遭い、すぐに外へ避難するようアナウンスがかかったというのです!テレビには待ち合わせ場所に隣接する天神の福岡ビルが映し出され、歩道には窓ガラスが粉々になって散乱していました。画面に釘付けになった私たちは「お腹の赤ちゃんが福岡には行かないで!って教えてくれたんだね」と驚きを隠せませんでした。
 動物たちは地震が近づくと普段とは違った行動をとると言いますが、お腹の中で自然に近い状態にいる赤ちゃんは私たちには感じられない何かを感じとっていたのかも知れません。赤ちゃんからのメッセージに気づいて思わぬ危険を回避できた私の妻のように、心の声や体の声に素直に耳を傾けることで進むべき方向が示されることもあるのだと、今回の出来事を通して感じました。

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“便秘解消法” (あおばタイムズ 8)

 『人体常在菌のはなし』(集英社新書)を書いた青木皐先生は「ウンチづくりがうまくいけば、人生はなかば成功しているとすら思っている」と言います。私の経験上も、便秘への最高の対策はズバリ食事です。食事が欧米化して肉類や乳製品を多く摂っている現代の日本人のお通じは、固くて色も黒っぽかったり、逆に油などの摂りすぎで下痢気味だったりします。
 人間の歯は、臼歯:切歯:犬歯が5:2:1の割合で生えています。つまり米などの穀類:野菜や海草類:動物性食品(魚・肉・卵・乳製品を合わせて)を5:2:1の割合で摂るのが、身体にとっては望ましいのです。とくに便秘で困っている方は、これに近いかたちで食事を摂り続けてみてください。根菜類・海草・豆類や、味噌・醤油・漬け物などの発酵食品を組み合わせることで、ヨーグルトだけよりも効果的に腸内の有益菌を増やすことができ、良いお通じになります。
 美味しい物を食べることは心の健康にとってすばらしいことですが、好きな食べ物ばかりに偏って身体を害してしまえば心の健康まで損なわれてしまいます。あるいは時間に追われ、食事の内容や味わって食べる悦びをなおざりにしてしまうことも、心身共に幸せに過ごすことを妨げる要因の一つになるでしょう。
 時間的・経済的な効率ばかりが求められることの多い世の中ですが、それを支える自分自身や家族の身体と心の健康には、ぜひとも気を配りたいものです。

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“幸せに生きる秘訣” (あおばタイムズ 5)

 明けましておめでとうございます。
 今回は、今年一年をぜひ素晴らしい年にしたいとお思いの方のために秘訣をお話ししましょう。ポイントは『人間は生き物である』、ということです。
 カウンセリングのような仕事をしていますと、心の健康のためには自分で気持ちをコントロールすることこそ大切だと考えがちです。ところが心の状態には、じつは体の状態が大きく影響しているようです。
 心療内科で、眠れない方のために睡眠薬を処方することがあります。「なかなか眠れなくて寝るのが朝方になってしまい、昼頃まで起きられない」という方もいます。人間の体は起きてから十四時間ぐらい経つと眠気がくるように出来ていますから、朝方まで眠れない場合でも夜まで我慢して起きていれば早寝早起きに変えるチャンスはあります。さらに朝起きようとする時間に強い光を浴びる習慣をつづけると、睡眠周期に関係するメラトニンという物質が脳内でうまく分泌され、昼夜のリズムが正常に戻りやすくなるのです。
 電気の普及で夜でも昼と同じように生活できるようになったのはこの百年足らずですが、私たち人間の体は何万年もかけて、朝日が昇ると活動し、日が沈んで暗くなると眠りにつくという暮らしに適応してきました。心の健康のためには、いかに自分が生命をもった人間であることを意識しながら日々の生活を送れるか、というところに鍵がありそうです。

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自然とともに暮らす?-のココロ

 『パパラギ』を読んだり、星野道夫さんの書籍を読んでいると、私たちの暮らしている現代社会が“異常”であるような気がしてきました。
 星野道夫さんの講演集『魔法のことば』のあとがきの中で、池澤夏樹さんが、何百キロ四方もの広い畑で一種類だけの作物を作る大規模農業のあり方や、一つだけの仕事に専念して生活する現代人の心を、“奇形”という言葉で表現されているのですが、とてもシリアスですが的確な表現だと感じ入りました。

 ヨーロッパなどでは、日本人がその名前を知っているような街ばかりではなくて、自然に囲まれた小さな町でもきれいで住みよい処がたくさんあります。日本に比べ、時代的に工業化の波が早く訪れたヨーロッパでは、もう多くの人々が大都市での生活に憧れるような時期はとっくに過ぎて、今の日本に比べ、人々が自然と便利さとの間の、暮らしていく上でのちょうど良い妥協点を見いだしているようにも思えます。
 この日本でもようやく、テレビの『人生の楽園』でみられるような、そんな人々が増えてきました。
 別にテレ朝の宣伝をするわけではありませんが、土曜日の6時から『人生の楽園』で日本の、そしてそのあと6時30分からの『ポカポカ地球家族』で世界での、それぞれ自然と人とのかかわり合いのなかでの暮らしぶりを見ていると、いろいろと考えさせられてしまいます。

 みなさんはどう思われますか?

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グローバル化の波に逆らう…のココロ

 企業が競争力をつけるために徹底して合理化を進めている昨今の流れのなかにあって、なかにはゴーン社長のいる日産のように成功した例もありますが、どうなんでしょう?
 “一人一人の人間のしあわせ”という観点からみると、犠牲になっている方も非常に多いのではないでしょうか。

 仕事柄、会社でさんざんはたらかされて疲れきった方のお話を聴くことも多いのですが、「ほんとに、ひどいな」と思わされます。
 失業率が高く、転職がむずかしい情勢を逆手にとって、有無を言わせずに過酷な労働を強いられている方も多いようで、それがひいてはここ数年の自殺率の高さにも反映されているように思えてなりません。
 「これではまるで、封建社会の奴隷と変わらないじゃないか!」と、こちらが憤慨させられる気持ちになることさえあります。

 ところで、思い切って脱サラをして田舎で暮らしている方や、海外に移住してそれぞれ苦労はありながらも自分の意思で選んだ生活を満喫している方々の姿を見ると、こうやって日々忙しく自分の仕事に追われて過ごしている私たちは、じつは限られた世界のなかで、“より人間らしい生活をしている人々の世界”から隔離されたように、そんな生活のあり方を知らずに生きているように思われます。

 前回『パパラギ』のことを書いたのですが、1920年にドイツで、そして1981年から日本でも出版された(立風書房刊・岡崎照男訳)この本は、こんな私たちの暮らし方に一石を投じてくれます。
(15年ほど前に初めてこの本を手にした時、第44刷のその本は650円でしたが、現在はさらに版を重ねて第82刷。消費税ぬきで800円也でした。)
 ぜひ一度、手にとってご覧になることをお薦めします。(和田誠さんの絵による、すてきな絵本も出ています。)

 『もっと、人間らしく生きようよ。』
…というのが、私からみなさんへの、そして自分自身へのメッセージでもあるのです。

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『パパラギ』の謎。のココロ

 まずは nyotaさん、前回のエンニオ・モリコーネの記事へのコメント、どうもありがとうございました。
 ほかの方からコメントをいただいたのは初めてで、こころぐ・大変よろこんでおります。(私、とっても単純です!)
…というわけで、まずは御礼まで。
 ほかのみなさんも、よろしかったらどしどしコメントをお寄せ下さいね。

 さて先日、ある人からこのような話をききました。
 「私がいまの会社に勤める前にしていた仕事では、1ヶ月の間に決まった量だけ仕事をこなせばよかったんです。調子がのってはかどってきた日には夜まで仕事をどんどん片付けてしまい、朝起きた時に“きょうは仕事やりたくな~い”と思った日には、その日一日休みにしてしまったりしていました。」
…どうです?うらやましいでしょう!

 私も、そう思いました。
 私は会社員ではないのですが、予約のお客さんが順番にやってくるような仕事なので、自分のペースで働くことはほとんど不可能です。ですから、こんな話は一種のカルチャーショックでした。

 そして、『パパラギ』を思い出したのです。

 時間なんて、人間の生活が便利になるように発明されたもののハズなのに、いつの間にか人間の方が時間に追い回されるようにして生活している…。そう、思いませんか?
 土曜の夕方6時から『人生の楽園』という番組がありますが、あれを見ていると、このごろは“人間らしい暮らしかた”へ立ちもどろうとする大きな流れを感じます。

 ところで、『パパラギ』って何かって?
 それは今後の私たちの進むべき方向性の、ひとつのキーワードになるかもしれません。

 それはまた、別の機会に。

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