“色々な出会い” (あおばタイムズ 68)

 太古の昔から数多くの人々が、「なぜ私たち人間は生きているのだろう?」という疑問を持ち、それを探求してきました。そのなかでも特にこれまで私を導いてくれた先達と言えるのが、精神科医であり心理学者でもあったカール・グスタフ・ユング、人智学の体系を確立し教育にも貢献したルドルフ・シュタイナー、大科学者でありながら死後の世界をも探求したエマヌエル・スウェーデンボルグという、三人の巨人たちです。私たちには、普段はっきりと認識している’意識の世界’がありますが、これら三人はそれを越え、”潜在意識~無意識の世界”を深く探求しました。私たちの意識の世界では様々な出来事が目に見えるかたちで現象として現れますが、実はそのもとになっているのは潜在意識~無意識の世界であって、それはなかなか目に見えにくいものだといいます。その目に見えにくい潜在意識~無意識の世界を私たちに分かりやすいかたちで垣間見せてくれたのが、この三人の巨人だと言えるでしょう。そのおかげもあって、私自身もこのような、人の心と人生について思いを馳せる職業に就くことができたのです。
 心理の臨床家であったユングは、潜在意識や無意識の世界を知る手段として夢の分析を行いました。私も心理の勉強を始めた若い頃は、夢分析をすることに憧れたものです。しかし情報化社会で多くの人々がせわしない生活を送る現代にあって、カウンセリングで定期的に夢の分析をしていくことは何だか難しいことのように思われました。「ほかに何か、潜在意識や無意識の世界に近づく手立てはないものか…」漠然とそう考えていました。そして数年前、オーラ・ソーマのボトルに出会ったのです。百本以上あるオーラ・ソーマのボトルは上下二色の層に分かれていて、ボトルを選ぶことでまるで鏡のように、選んだ人自身の意識と無意識/潜在意識の姿を映し出してくれるといいます。今では夢分析とは異なった新しいやり方として、カウンセリングの際にオーラ・ソーマのボトルを用いるようになりました。

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“カウンセリングでできること” (あおばタイムズ 65)

 日々悩んでいる問題について、「身の回りの誰にも相談できない」という方は意外と多いものです。家族であれ、親戚であれ、友達であれ…関係の上では身近な存在であっても、そのことがかえって大事な相談をしにくくしてしまう場合もあるでしょう。
 何かの問題について悩み苦しんでいる場合に多く見られるのは、同じパターンにはまってしまってそこからなかなか抜け出せない…といった状況です。たとえ身近な人間に相談したとしても、主張が食い違って解決策が見つからず、堂々巡りをしてしまうケースも多くみられます。相談したことが原因でかえって状況が複雑になってしまい、余計に悩みが増えてしまった―という方さえいらっしゃいます。身内や職場での人間関係に必要以上に気を遣わざるをえないという事情もあって、社会や生活のあり方は核家族・個人主義化してきているにもかかわらず、いざという時に自分の考えで行動を起こすと非難されてしまう―といった矛盾した状況が多く見られるのです。
 多くの方をカウンセリングしていますと、今の時代は自分自身で行う決定や決断がますます重要になってきていることを実感します。たとえ一時的に他人の意見を受け入れそれに従ったとしても、あとになってそのことを後悔し、まるで自分の人生を棒に振ってしまったかのように感じる方もいらっしゃるようです。ですから人生の一瞬一瞬において、あとからできるだけ後悔しない生き方を自分で選ぶことはとても大切だと言えます。そのためにできることの一環として、カウンセラーなど第三者の目を通じて自分が今置かれている状況を客観的に見てみること、そしてその状況の中で選びうる行動の選択肢を整理し、それに対する自分自身の気持ちを確認することで最善の決定・決断を下していく―ということが考えられるのではないでしょうか。

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“心のおそうじ” (あおばタイムズ 64)

 「最近、頻繁に悪い夢を見ます」といったご相談を受けることがあります。このような時に私は心療内科医として、十分な睡眠をとっていただけるよう、睡眠薬を処方させていただくことに主眼を置いていました。睡眠不足が続くと脳に疲れが蓄積し、様々な症状(めまい、動悸、冷や汗や腹部症状といった身体症状、あるいはイライラや不安感といった精神症状など)が出る自律神経失調症と呼ばれる状態になったり、果ては物事に対する意欲を失ったり気分的に落ち込んでしまうような「うつ」の状態になってしまう危険性があるからです。一日の脳の疲れを十分な睡眠をとって解消することは、とくに目を酷使しながら夜遅くまで長時間にわたって活動する現代人にとっては、健康維持のための大きなポイントと言えます。
 ある時会合で、「最近、見ると疲れきってしまうような悪い夢を見ることが多いのですが…」という質問を受けました。私は医者の立場から先に述べたような内容をお話ししたのですが、同席された催眠療法をなさっている先生のお答えは次のようなものでした。「つらい感情を伴う夢を見るということは、それによってあなたの心の深いところに蓄積された感情が“出て行っている”のですから、決して悪いことではありません。」と。このことは私にとってカルチャーショックでしたが、とても重要なことを教えていただけたように感じました。
 私たちは、いわゆる「悪いこと」―つまり、自分がマイナスの感情(=怒りや悲しみ、つらさ、苦しさ…といった心地よくない感情)を持つような経験をすると、それを「よくないこと」としてとらえてしまう傾向があります。しかしこの、「悪い夢をどのようにとらえるか?」―という話からすると、マイナスの感情を経験することは決して悪いことばかりでもないように思われます。つまりマイナスの感情が出るというのはある意味、過去につらい経験をした記憶が刺激され、その感情が自分の深いところから外部へ出て行っている―というふうにもとらえられるわけです。ですからマイナスの感情を経験するたび、自分自身が内側に持っていたドロドロとした感情が出て行き、心が徐々にスッキリしていく…とも考えられます。様々な苦しい経験を積まれた方々が清冽で爽やかな人格である場合が多いのも、なるほどうなずけます。
 このように誰もが経験するであろうマイナス感情の表出を、“消えてゆく姿”と表現した宗教家がいます。『世界人類が平和でありますように』という言葉を広めた五井昌久先生です。もし自分が悪い感情をもったとしても、それは“消えてゆく姿”であって自分の本質そのものではないのだから、かえって歓迎すべきことである。むしろそのような時には「自分を責めてしまうこと」こそ避けなければならない―と先生は言われます。このようにして、現在の社会に多く見られるような“批判が批判を生みながら増殖するマイナス感情の連鎖”を断ち切ることができれば、私たちの世の中はもっと住みやすくなるにちがいありません。

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“カウンセリングで起きていること”

 「カウンセリングでは何をするのですか?」という質問にはあれこれお答えすることができますが、「カウンセリングを受けるとどうなるのですか?」という質問にお答えすることはなかなか困難です。それよりもむしろ私は、「カウンセリングで何が起こっているのか?」について、難しいのですが可能な限り言葉で表現してみたいと思います。
 私のカウンセリング歴は医師としての診療の中から始まったこともあって、以前は“良くなるためのアドバイス”をさせていただくことに重きを置いていました。ですから色々なお話を聴きながら、「こんな事をお話ししてあげたらいいかな?、あんなアドバイスをしたら役に立つだろうか?…」などと考えていました。しかし自分のカウンセリングルームを開いて医療関係以外のご相談も受けるようになると、それだけでは対応できなくなってきました。頭で考えたアドバイスだけでは、とても通用しないケースが増えてきたのです。
 最近はカウンセリングにみえる方の言葉をじっくりと聴いていると、自ずと感じるもの、出てくる言葉があるように思えてきました。以前は他人事のように思えていたご相談の内容が、まるで自分のことのように感じられることさえあります。カウンセリングは、自分と他人との境界線を曖昧にさせてくれるところがあります。
 私が思うに、人間というのは他人を扱うようにしか自分を扱えないし、また自分を扱うようにしか他人を扱えない―ということです。他人の言葉に耳を傾けることは、じつは自分の心の内にある小さなささやきに耳を傾けることでもあり、それは苦しさを伴う場合もありますが、ひいては自分の心を開放してくれる鍵になりうると思います。

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“殻を破る” (あおばタイムズ 45)

 最近は高校生の方や二十代の方もよくカウンセリングにみえるのですが、お話ししてみると皆さん意外としっかりしています。「悩みがあってもしっかりしている」のか、「しっかりしているから悩みがある」のか…。バスや電車で小学生の会話が耳に入ると、大人のような話しぶりに驚くことさえあります。「世の中なんてこんなものよね」と話しているのが聞こえてきます。(~可愛くないなぁ!?)
 皆さん総じて、「自分はこういう人間なんだ」という結論を下してしまう時期が早過ぎるような印象を受けます。
 自分がどういう人間なのか知ることを「アイデンティティーの確立」と呼びますが、それを先延ばしにしている時期を「心理的モラトリアム」と言います。生まれた時から親の仕事を継ぐことが決まっているといったケースが少なくなり、職業や趣味の選択の幅が広がった時代には“モラトリアム”の期間は長くなってもおかしくないと思います。現代では『四十にして惑う』のも無理はないのです。
 ところが早い時期から「自分はこういう人間なんだ」と決めつけてしまうことは、安心できる反面、自分を安全な殻の中に閉じこめてしまうようなものです。恐れや不安を感じないでいられるというのは、じつは面白くない(=刺激のない)状況に甘んじているということでもあります。
 強い人間というのは固い殻に守られている人間ではなく、何度も自分と闘って殻を打ち破ってきた人なのかもしれません。そんな人はきっと、さなぎから蝶になってどこへでも飛んで行けるのでしょう。

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“ラポール” (あおばタイムズ 43)

 医者になりたての頃、心療内科で「初めて出会った患者さんとラポールを作るよう努力しなければならない」と教えられました。ところで“ラポールを作る”とは、一体どういう意味なのでしょう?
 私の一人息子は一歳三ヶ月になります。父親も母親も働いているので保育園へ通わせていますが、そのせいもあって日曜日には余計に“甘ちゃん”になって抱っこをせがんできます。一昔前には「あまり抱っこばかりしていると抱き癖がついてしまう」とも言われたようですが、私と妻は今のうちにできるだけ甘えさせてあげようと考えています。私などは「抱き癖がつくと言っても、小学四・五年生になっても自分の足で歩かず抱っこされている子は見かけない」と心配していません。
 三歳の頃に親からひどく怒られたのを大人になった今でも覚えているという方がいますが、世界で唯一の拠り所であり、世界で一番安心させてくれるはずの人間から突然厳しい態度を向けられ、頭の中が“?”マークでいっぱいになって途方に暮れてしまった小さな心が想像されます。
 カウンセリングの場で「先生、厳しいことを言いますね」と言われたことがありますが、最初からそのような事は言いません。人によって期間は異なりますが、まずは安心してお話しできる環境を作ることこそ、カウンセリングにとって大切なことだからです。そのことを専門用語で『ラポールの形成』と言います。(カウンセリングにみえた方とカウンセラーとの)『信頼関係を作る』といった意味です。
 カウンセリングは人間関係や人生の縮図でもあります。もし今ある人間関係の中に安心や信頼感が見出せないという方がいたら、カウンセリングの中でそういう人間関係もあるということを実感していただきたいと思います。“類は友を呼ぶ”といいますが、一つの信頼関係という種を蒔くことができれば、それを実感した自分から周りへと波及し、いつのまにか日立のCMの“気になる木”のように、大きな信頼関係の輪が広がっているかもしれないからです。

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“カウンセリング・ナビ?” (あおばタイムズ 35)

 「うつ」など心の症状で悩んでいる方にとって、四月のこの時期はつらく感じられる場合もあるようです。体調を崩して休職や休学をされている時に満開の桜を見ると、どうしても他の人達が新年度や新学期に臨んでいることへ思いを馳せてしまい、「なぜ自分だけが…」という気持ちになってしまうようです。でもそれは、あなた一人ではありません。あなたにとっての春が来るのはもうしばらく先になるかもしれませんが、春は必ずやってきます。桜の樹だって、焦って冬のうちから花を咲かそうと思ってもそういうわけにはいかないのです。
 ところで最近はカーナビがついている車が増えてきました。昔は車で初めての土地に行く時には地図を片手に道に迷わないかドキドキしながら出かけたものですが、カーナビがあれば安心です。なぜなら、今の自分がおおよそどの辺りにいるかが分かるからです。
 「うつ」の方が不安を感じるのに、大きくは二つの要素があります。一つは、やる気が出ない、だるいなどといった症状そのものによる不安。二つ目は、たとえ薬などで治療を行っていても「これからどのようになっていくのか?」といった、うつの経過の中でどの辺りの地点にいるのか分からないという不安です。一つ目の不安は実際に症状がとれていくことで解消されますが、二つ目の不安に関してはカーナビのような働きをしてくれるものがあれば軽減することができます。カーナビというよりは車のラリーで助手席に座って状況を教えてくれるナビゲーターに近いように思いますが、カウンセラーや心療内科・精神科の医者は皆さんの置かれている状況を客観的に把握する助けになると思います。

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“スピリチュアル・カウンセリング” (あおばタイムズ 30)

 美輪明宏さんと共に「オーラの泉」に出演している江原啓之さんが、『スピリチュアル・カウンセリング』という言葉を使っておられます。江原さん自身はこの言葉を、「霊視を行うことによって亡くなった家族・祖先や守護霊からのメッセージを伝えるカウンセリング」という意味で使っていますが、これからの時代はもっと広い意味での『スピリチュアル・カウンセリング』が求められるようになると思います。
 そもそも“スピリチュアル(spiritual)”とは、「精神的な、霊的な」あるいは「たましいの」といった意味を表す言葉です。現在、一昔前だったら“あやしい”などと言われてあまり相手にされなかったであろう「オーラの泉」のような番組が人気だったり、「スピリチュアル」というキーワードが広く使われたり、美輪さんや江原さんのような「どう生きるべきか」について語ってくれる方の言葉を求める人々が増えているのは、すべて時代的な必要があってのことだと感じます。
 『スピリチュアル・カウンセリング』という言葉を、私は霊視を伴ったものでなくとも「精神的・霊的な」あるいは「たましいの」カウンセリング―という広い意味で用いることを提案したいと思います。同じカウンセリングをさせていただく場合でも、どこに焦点を当てるかによってその方向性は変わってきます。あくまで現時点での苦しみが解消されることを第一義とするのか、それとも今ある苦しみを自分自身への課題の一つとして受け止め、その課題に時間をかけて取り組むことによってより大きな意味を見出そうとするのか?…後者のような方向性をもったカウンセリングは、広い意味で『スピリチュアル・カウンセリング』と言ってよいのではないかと思っています。

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“認知療法” (あおばタイムズ 26)

 「これからは考え方を変えてみよう」、「もっとプラス思考で行こう」と思ってはみたもののなかなかうまく行かない、二日も経つと決心したことさえすっかり忘れていた…という経験がある方も多いのではないでしょうか。このような、今までのものの見方や考え方を変えることでより現実に柔軟に対応できる自分を作って行くやり方を心理療法の世界では『認知療法』と呼んでいます。
 認知療法に興味をもたれる方は多く、「先生の所で認知療法はやっていますか?」と質問される方や、自ら書店で専門書を手に入れて勉強される方もいらっしゃいます。ただ実際には、お一人だけで自分自身の考え方やものの見方を変えていくという作業はなかなか難しいことのようです。
 たとえばスポーツ選手にはコーチという存在がいます。マラソンの有森裕子・高橋尚子両選手には小出義雄監督、プロ野球のヤクルト・古田敦也新監督には野村克也監督といった、選手の姿を客観的に見ながら上手にアドバイスしてくれる存在があったからこそ、その潜在的な実力が十分に発揮されたのではないでしょうか。認知療法の場合も一人で工夫しながら行うことはもちろん有効ですが、カウンセリング等でしかるべき相手とやりとりをしながら認知の修正を行う方がはるかに効果的だと言えます。
 認知療法というと何か特別な治療法のように聞こえますが、カウンセリングの多くは認知療法的な要素を含んでいます。認知療法の難しい知識は分からなくても、カウンセリングを進めて行くうちに自然に考え方が変わってより快適に生きられるようになれれば、十分に実用的なのではないでしょうか。

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“カウンセリングを受けるコツ” (あおばタイムズ 25)

 初めてカウンセリングにみえた方が「何から話したらいいか分からないのですが…」とか、「話があちこちへ飛んでしまってすみません」と言われるのは良くあることです。でも心配はいりません。それでいいのです。
 カウンセリングでは一時間近い時間をとってお話を聴かせていただきます。これがもし面接とか商談でしたら、「今日は最初にこの話をして、次はこの話をしよう。全体としてはこんな流れで…」なんて、おおよその時間配分まで計算に入れておくこともあるかもしれません。しかしカウンセリングの場合、そのような必要はないのです。
 初めてカウンセリングにみえる方の中には理路整然と話される方もいらっしゃいますが、多くの方は一つの事を話しているうちにまた別の事が頭に浮かんできて…というのを繰り返し、一時間のうちに実に様々な事を話して帰って行かれます。「話が分かりにくくてすみませんでした」と謝られる方もいらっしゃいますが、全然問題ないのです。
 来談していただく方がもっと心地よく生きられるよう、私はお一人お一人の中にある様々な気持ちや感情をできるだけ汲みとろうとしています。私たちは「自分はこういう気持ちでいるはず」と思っていることが多いものですが、カウンセリングをしているともっともっと、自分では気づいていなかった様々な気持ちが湧き出てくることがあります。そのことが皆さんの心を少しずつ開放し、以前よりもラクに生きられるようになって行くのだと思います。
「何の話をしなくちゃ」などと考える必要がなく、自由に心の赴くままにお話をしていただけることこそ、カウンセリングの醍醐味であり素晴らしさでもあると思います。

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“生きるヒント” (あおばタイムズ 21)

 子供の頃から、私達は「答え」を出すという作業に慣らされてきました。学校や受験ではテストの問題に対してより多くの「正解」を出した人間が高い点数で評価され、どのようにしてその人なりの答えを導いたかというプロセスについてはあまり評価の対象にされないことも多いようです。また仕事上では「マニュアル」の存在が多く見受けられるようになり、マニュアルに沿って対処することが基本とされるケースが多くなってきました。私達は知らず知らずのうちに、どこかで「答え」や「マニュアル」の存在を求めてしまうクセがついてしまっているのかも知れません。
 カウンセリングにも、問題に対する「答え」を求めて来られる方がたくさんいらっしゃいますが、人生に起こってくる様々な出来事にはただ一つの「正解」は存在しないと言っていいでしょう。それでもカウンセリングにみえた方が何らかの安心感や希望を得られたとするならば、それは「答え」を知ったからではなく、何らかの“ヒント”が得られたからではないでしょうか。
 私達が自分の人生の中で起きたある出来事について考える時、何度考えてみても、いつも変わらず同じ色合いをもってイメージされてしまうことが多いものです。しかしもしかすると、それは他人の目から見れば全くちがった色合いで見えることなのかもしれません。カウンセラーの目を通じて自分の身の上に起こった出来事をもう一度振り返ってみるということは、きっとそのようなことなのだと思います。一つの出来事が万華鏡のようにいくつもの角度から見えるようになるということは、これから先の人生を生きていくうえで大きな“ヒント”になりうると思います。

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“カウンセリングのご案内” (あおばタイムズ 20)

 今回は、どのような方がカウンセリングルームへおみえになっているかについてお話ししたいと思います。
①“カウンセリング”を希望される方
 そもそもカウンセリングとは、カウンセラーという第三者を相手にじっくりとお話ししていただくことで、お一人では見出せなかった『気づき』が得られることによって新たな局面が開けたり、不安に思っていることに対して徐々に安心感が得られたりする、といったものです。ご家族など身近な方には相談しにくい問題でも、一人で悩まずにカウンセリングの場で話していただくことで問題に対してちがった見方ができるようになったり、かえって周囲の方との人間関係がうまく行くようになる場合も多いようです。
②心の病気かもしれないと不安に思われる方
 有馬潤一カウンセリングルームには、カウンセラーが現役の心療内科医でもあるという特徴があります。病院での診察ではお一人の方に十分な時間を割くのが難しい場合も多いのですが、心療内科や精神科への受診を迷われている方や、通院はしているがセカンドオピニオン(他の医師の意見も参考にしたい-ということ)を求める方など、カウンセリングの場で時間をかけてご相談に乗っています。
③体の不調に悩まれる方
 どことなく体の調子が悪かったり疲れやすい時、せっかく病院へ行ったのに「検査では異常ありません」と言われそれっきりになってしまうこともありますが、より健康的な生活を送るための具体的な対策をご一緒に考えることもカウンセリングの一環と考えています。内科医・心療内科医・カウンセラーの立場から多角的にお答えしています。

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“心を輝かせる” (あおばタイムズ 19)

 「心と体はどちらが大切だと思いますか?」
…カウンセラーの出す質問なので『心』が正解だと思った方もいらっしゃるのでは?この問いに対する答えと理由は人によってさまざまだと思いますが、一般に“体と心”という言い方よりも“心と体”という表現の方がよく使われるように思います。私たちは知らず知らずのうちに「心は体よりも上位にあって、心が体に影響を与えている」と考えがちな傾向があるのではないでしょうか。
 先日、心身医学の考え方と、心身一如という東洋的な概念のちがいについて話してくださった内科の先生がいらっしゃいました。心身医学では「心が体に影響し、体が心に影響する」と考えるのですが、“心身一如”というのは心と体はまるごと一つで分けられないということなのです。
 私も便宜上、心と体を分けたようなかたちで説明することが多いのですが、実際に生きていくうえではどこまでが体でどこまでが心なのかよく分かりません。心理学の勉強を始めた頃は心理のことが分かれば他のことまでうまく行くのでは?と思っていたのですが、そういうものでもありませんでした。分かったのは、むしろ自分の心の状態に関わり過ぎないで実生活を前に進めていかないと、心の“ワナ”にはまってしまう-ということでした。
 心というのは外の世界を映し出すものです。自分の心だけが単独で存在するわけではありません。心の状態を変えたいと思ったら、心の中のことだけを考えるよりも外の世界に働きかけてみる方が効果があるかもしれません。心というのは他の人や世界に見てもらってこそ輝きを増す、ダイヤモンドのようなものだと思います。

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“はじめまして” (あおばタイムズ都筑区版 1)

 都筑区版をお読みの方、はじめまして。
 仲町台駅近くのせせらぎ公園のそばにカウンセリングルームを開いております、有馬潤一と申します。
 私は日本で初めてできた九州大学の心療内科へ入局して以来、十年以上にわたって病院やクリニックでの診療とカウンセリングを続けてまいりました。しかし、診察の枠の中では十分な時間をとってお話しをすることが難しいため、そのための専用の施設を作ることにしたのです。私たちの暮らしの中でもストレスや心の病気について話題にのぼるようになって久しいですが、そのような問題について気軽に相談出来る場所はなかなか見つけにくいのが実状です。そこでカウンセリングを中心に、心に関係した病気や健康についてのご相談も受けられるようなカウンセリングルームにしました。
 心療内科や精神科を受診するのに抵抗を感じる方も多いようですし、病院を受診すればよいのか、それともカウンセリングを受けた方がよいのか、判断に迷われる方もいらっしゃるようです。そのような方々に、個別に詳しくアドバイスをさせていただいています。
 “こんな性格は変えられないのでは?”と悩んでいらっしゃる方には、時間さえかければ『心のクセ』は矯正して行ける―そのためのポイントをお伝えしています。
誰でも日々の生活の中で気軽にカウンセリングが受けられる…それが当たり前になるよう、多くの方々とお話をして行きたいと思っております。

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“変化のプロセス” (あおばタイムズ 7)

 カウンセリングにみえる方のなかには、「今の環境は自分に合っていないようなので職場を変えたい」という方が時々いらっしゃいます。
 ある時、若い女性の方がみえました。どうやら職場での人間関係で悩みがあるようです。いろいろと話し合い、「ほかの部署への異動願いを出してみます」ということになりました。「今は大変だけれど、異動するまでの我慢と思ってがんばります」-そう言っていた彼女でしたが、その後「どうやら異動させてもらえそうにありません」と言ってきました。私は心配になりました。…ところが、彼女の表情は意外と明るいのです。
 聞けば、それまで自分のプライドが邪魔して雑用にはあまり手を出さなかったのに、たまたま言われてやってみたら楽しくて自分に向いているかもしれないと思えたこと、職場の仲間に自分が思っていることを少しずつ口にするようにしたら、相手からも話しかけてくれてそんなに悪い人ではないと分かったこと、などを話してくれました。
 カウンセラーというのは、物質が化学反応を起こす時の『触媒』のようなものだと思っています。この方のケースでも、実際にいままでとはちがった行動をとったり、自分でも気づいていなかったご自分の新しい面を発見したのは彼女自身なのです。ただ、そのような変化のプロセスが、カウンセリングを受けることで少しばかり早く進行したように感じられます。それを目にすることで、私自身もうれしく思いました。

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“心の待避所” (あおばタイムズ 3)

 カウンセリングに来られた方々のお話をお聴きしていると、みなさん誰もが、それぞれに大変なおもいをしながら生きておられることを強く実感します。
 そんななかある方に、カウンセリングに通って来られる理由をお聞きする機会がありました。するとその方の答えは、「日常生活とは全くちがう時間の流れを感じることができるから…」というものでした。
 カウンセリング一般に言われていることなのですが、あらかじめ決められた時間に、いつも決まった場所でお話することも大切だとされています。専門用語では時間的・空間的な“枠組み”と呼ぶこともありますが、きちんと定められた、外の世界からは完全に遮断されてシェルターのように保護してくれる空間だからこそ、その中では自由におもいを巡らせながら安心してお話ができる-といったイメージです。
 私たちは何かの原因で精神的に疲れてしまうと、それとは関係のないことをして気分転換しようとすることが多いのですが、カウンセリングは原因そのものを見つめながら気持ちの転換を図ってゆくという点では一線を画するものです。これにはある程度のエネルギーが必要なのですが、カウンセリングを続けていく過程で心のなかに “気づき”が芽生えると、それまでとはちがった視界が開け、新しいものの見方が生まれてくることがあります。それこそが、カウンセリングのもつすばらしさと言えるのではないでしょうか。

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“カウンセリングとは…” (あおばタイムズ 2)

 カウンセリングの目的のひとつは“心の流れをよくする”ことです。
一人で悩みをもったままでいると、感情の流れが堰き止められたようになってしまいます。心の中に大きなダムができて、その中に怒りや悲しみ、葛藤…といった様々な感情が、よどんだ水のように流れないままになってしまうのです。川の流れのように自然に流れていたはずの心なのですが、一度ダムができてしまうと再び流れ出すきっかけを失ってしまいがちです。身のまわりの人間に相談して意見を聞いてみるが、どこかしっくりこない。自分の頭の中であれこれ考えてみるが、同じところをぐるぐると回ってしまう。…
 カウンセリングというのは、まず何よりもじっくりと話を聴いてもらえる機会です。そのためのカウンセリングルームは、外界の喧騒とは無関係の、静かでくつろげる空間が理想です。日常からは隔離された特別な空間と時間だからこそ、自分の気持ちと正直に向き合いながらお話することができるのです。
 カウンセラーはよく「鏡」に例えられます。その鏡を前にお話することによって、自分の置かれた状況や自分自身の心の状態が、より客観的によく見えてくるのです。一人で考え悩んでいた時には見えていなかったことに気づき始めると、どうしようもないと思っていた状況にも変化の可能性が出てきます。そのことによって、“心の流れがよくなってくる”のです。

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“心の扉をノックして” (あおばタイムズ 1)

 私が九州大学病院や横浜総合病院で診療を行ってきた心療内科というところは、人間の心と体はお互い密接に影響し合っていて、病気の治療のためにはその両方を同時にケアすることが必要だ-という考え方から生まれたものでした。それは、人間のまるごと全体をみることから“全人的医療”とも呼ばれました。しかし、医学が進歩するにつれそれぞれの医者が扱う専門分野は次第に細かく分かれて行き、時代は全人的医療とは逆の方向へ向かったのです。心療内科でさえ、その例外ではありませんでした。
 ところが、インターネットで情報が飛び交う今の時代になって、その様相は変わってゆくきざしを見せています。たとえば病院の側が評価されるランキングの登場など、診てもらう側からの視点が重視されるようになってきました。ランキングの上位を占めるポイントは医者の腕だけでなく人柄であったり、まるで昔の井戸端会議のようです。デジタルで目にする情報の中身は実はアナログで、とても人間的なものなのです。こんな時代にはどうしても手軽な情報に頼ってしまいがちで、実際に足を運んだり、自分の目で確かめたり、といったことがなおざりにされています。
 カウンセリングというのは、非常にアナログなものです。前もって予約をし、その場に足を運んで、時間をかけて話をするというプロセスが大切で、そうすることで今まで知らなかった自分に出会えるのです。

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