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“ユングの世界” (あおばタイムズ 62)

 人間の心理について勉強を続けていますと、どうしても従来の科学では充分に説明しきれない事柄に多くぶちあたってしまいます。私が学生時代に出会って魅了され、心療内科やカウンセラーの道へと進むきっかけともなったユング心理学は、そのような要素をたくさん含んでいる体系です。人間の心理は遺伝やその人が生まれ育った環境によってのみ影響を受けると考えていた既存の心理学とは異なり、ユング心理学においては、現代の量子力学など新しい科学とも結びつくような深淵で広大なひろがりをもった世界が、ユング自身の徹底した“自己探求”によって見出されたのでした。七月にお亡くなりになった河合隼雄先生もまた、わが国にユング心理学を紹介しながら生涯にわたって深い自己探求を続けられたお一人でした。
 ここで皆さんには“目に見えない世界”への感覚を養い、自己探求のきっかけや材料にしていただけるような、ユング心理学に特徴的な概念をいくつかご紹介したいと思います。①『夢』…ユングは夢を、その人が覚醒している時の顕在意識(表層意識)よりももっと深いところにある潜在意識と、さらに深いところにある無意識の世界から浮かびあがってきた表象とみなし、自己探求のための大切なサイン(しるし、象徴)だと考えました。②『集合的無意識』…顕在意識→潜在意識→無意識とより深遠で混沌とした世界へ進んでゆくにつれ、人間は“集合的無意識”という万人に共通したイメージの宇宙でつながっていて、そこへたち帰っていくものと考えられました。たとえば世界各地で語り継がれている地球創生神話の中身に共通点が多いのも、それは世界中の人間が共通した集合的無意識に根ざしているからと考えられます。③『共時性(シンクロニシティ)』…いわゆる「意味のある偶然」あるいは「偶然の必然」といった、まるで偶然のようでありながら深い関連性のある出来事やしるしが、あたかもタイミングを計ったかのように同期的に起こってくる現象をこのように呼ぶことで、ユングは人生の背後にある人智を超えた大きな意思・意図を感じようとしました。
 数年前に、心臓移植を受けた人が生活していたところ、もともとその心臓をもっていたドナーの人の記憶が蘇るようになった―という内容の本が話題になりました。従来の科学では私たちの記憶は脳の中に貯えられていると考えるのが一般的ですが、もし心臓移植によって記憶が人から人へと受け継がれるとするならば、ひょっとすると心臓の細胞の中に、あるいは細胞に含まれるDNAの中に私たちの記憶がコードされ保存されている可能性があります。もしそうであるならば…ユングの言う、人類の根源的記憶のプールとでも言うべき“集合的無意識”は、科学的にも根拠をもつのかもしれません。このように考えますと、心理にしろ科学にしろ、どのような分野を入り口にするにしても深い“自己探求”を行ったその果てには、すべての事実をつないでくれるような宇宙全体の真実が見えてくるようにも思えるのです。

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