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“幸せへの近道” (あおばタイムズ 52)

 幸せになる方法をお伝えします!―こんなことを書いているとカウンセリングへみえるお客様が減ってしまうかも知れませんが(笑)、時期的にクリスマス前でもありますので気前よくいきたいと思います。
 幸せになる簡単な方法のひとつは、自分が発する言葉に注意することです。ポイントは二つ。①ネガティブな言葉は使わず、できるだけポジティブな言葉を使って話すようにする。②自分の使った言葉が、伝えたい事を正しく表現しているかどうかに気をつける。(相手の反応を見て、自分が伝えたい意味で伝わっていないように感じられた時には言い方を変えてみるなど工夫をする)~以上。これを半年も続ければ、あなたの生活は確実に変わってくるでしょう。いや、ひょっとすると一週間もしないうちに効果が現れるかもしれません。
 “言霊”(ことだま)という言葉で表されるように、言葉はエネルギーを持っています。あなたがポジティブな言葉で話しかければ、相手の心と体は活性化されて元気になりますし、あなたがネガティブな言葉で話しかければ、相手の心と体は萎縮し緊張してしまいます。もちろん電話やメールで相手が離れていても全く同じです。あなたがポジティブな言葉で話しかけた時、相手からもまたポジティブな発想や言葉が引き出されやすくなります。その言葉は直接あなたに還ってきて、今度はあなたの心と体を元気に活性化してくれるのです。―これはまさに、“幸せになる”いうことです。
 私からのクリスマス・プレゼントとして、一冊の本をご紹介します。鈴木鎮一さんの「愛に生きる~才能は生まれつきではない」(講談社現代新書)です。この本もまた、心に沁み込ませるようにして読むことであなたを幸せにしてくれるはずです。

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“こころへの贈り物~宙船(そらふね)”

 中島みゆきさんの書いた『宙船(そらふね)』という歌があります。
 そのなかで彼女が繰り返し唱っている言葉を、あなたに贈ります。

“その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
 おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな”


~そして『宙船』の歌詞にある言霊(ことだま)達を、2007年を迎えるにあたっての私から皆さんのこころへの贈り物にしたいと思います。

“その船は今どこに ふらふらと浮かんでいるのか
 その船は今どこで ボロボロで進んでいるのか
 流されまいと逆らいながら
 船は挑み 船は傷み…”

 カウンセリングや心療内科を受けようと思っていらっしゃる方の中には、今自分はまるでそのような状況に置かれていると考えていらっしゃる方も多いことと思います。
 そんな方々に私が伝えたい事をそのまま、みゆきさんは美しい言霊にのせて伝えてくださっています。

“その船は自らを宙船(そらふね)と 忘れているのか
 その船は舞い上がるその時を 忘れているのか
 地平の果て 水平の果て
 そこが船の離陸地点
 すべての港が灯りを消して黙り込んでも

 その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
 おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな”

 ところで、自らの手でオールをしかと握り、宙船を浮上させていくためにはいったいどうしたらよいのでしょうか?

 じつは「八方塞がりで今の私にはどうすることもできない!」と考えている方にさえ、日々の生活の中にはいくつもの小さな選択の自由が残されています。
 あなたがこの文章を読んで、「そんなこと、とても私にはできない」―と思うか、「そうか。…もしかしたら私にもできるかもしれない」―と思うか。それはある意味、あなた自身によるひとつの選択です。
 あなたには今この瞬間、まちがいなくそれを選択する自由があります。

 タレントの石田純一さんがこんなことを言っていました。
「ものごとを達成できる人は、“できる方法を考える”。
 ものごとが達成できない人は、“できない理由を探す”。」
…名言だと思います。

“何の試験の時間なんだ 何を裁く秤(はかり)なんだ
 何を狙って付き合うんだ 何が船を動かすんだ
 何の試験の時間なんだ 何を裁く秤なんだ
 何を狙って付き合うんだ 何が船を動かすんだ”

 いま自分に何が訪れているのか?
 いま自分は何をしようとしているのか?
 いまの自分にとって、何が生命を燃やす原動力となりうるのか?
―いくつもの厳しい課題があなたの胸元に突きつけられていますが、それはとりもなおさず「あなたは今、自分で自分の人生を決める権利があります!」と言われていることと同じなのです。

 日本人F1レーサーへの道を最初に切り拓いた中嶋悟さんが、現役時代にこんなことをおっしゃっていました。
「僕はF1に乗る時、ひとつでも多くのことを“意識して”おこなうように努力しています。」
 上の歌詞を耳にした時、私は中嶋さんの言葉を思い出していました。

 私たちの日常生活における瞬間瞬間において、まるでこの歌詞にあるように私たちはいつも試されているのです。たとえば…
 この文章を読み終えて、次の情報を探すもよし。
 気になった箇所を読み返すもよし。
 静かにパソコンを閉じて余韻に浸るもよし。
~あなたには今、数え切れないほどの選択肢が用意されています。

 そしてより多くのことを“意識して”おこなうことができる人こそ、他の人には理解できない高みへと昇ってゆくことができるのだと思います。

―その時、宙船は自らの力で舞い上がってゆくことでしょう!!


“その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
 おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな”

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“無趣味のススメ” (あおばタイムズ 51)

 私にはこれといった趣味がありません。ですから新しい職場に移る時など、履歴書の“趣味・特技”の欄にどう書くかがいつも悩みのタネでした。ところで辞書で引いてみますと、趣味とは「専門としてではなく、楽しみにすること。余技。ホビー。」とあります。…これで納得しました!やはり、私は趣味を持っていないというのが正解のようです。
 何か趣味を持ちたいと思っている方は多いようで、そのためにあれこれ習い事を変えてみたり、一人で何かを始めてみるがなかなか続かない―という話もよく聞きます。じつは以前の私もそんな感じでした。しかし今の自分の生活を省みますと、仕事をしながら家では共働きの妻と家事を分担し、共に一歳の息子の面倒をみる…というわけで「何か趣味を~」と言っている時間も余裕もないのが実状です。それでも最近ではそんな自分の生活に慣れ、楽しめる余裕も出てきました。
 ある時気づいたのですが、私のしているカウンセリングもこうやって文章を書くのも、息子の面倒を見るのも家事をすることも、私にとってはすべて「仕事」とも「趣味」とも割り切ることのできない大切な『生活』の一部だったのです。そのどれが欠けても私という存在は成り立ちませんし、逆にそれらの一つ一つは私という存在でつながっていて、バラバラに切り離して考えることができないものなのです。
 ことに男性という人種はしばしば「仕事」や「趣味」を言い訳にして大事な『生活』の場から顔を背けてしまうことが多いように思われるのですが、敢えてそこに自らの存在を賭けて関わっていくことによって、ひょっとすると趣味よりも大切な何かが見つかるような気がします。

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