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“できること、できないこと” (あおばタイムズ 42)

 「自分でもどうしていいのか、分からなくなってしまいました」と、カウンセリングルームを訪れる方が多くいらっしゃいます。
 仕事のこと、家族のこと、それに自分のこと。考えているうちに何本もの糸がからみ合いこんがらがって、どこからどのようにほどいていったらいいのか分からなくなってしまったようです。
 「考えすぎなのは分かっているのですが…」と言われる方もいます。考えるのは決して悪いことではないのですが、自分を前へと進めてくれる考え方と、かえって身動きがとれなくなってしまうような考え方の両方があるのではないでしょうか。
 大リーグ・ヤンキースの松井秀喜選手が五月の試合中に左手首を骨折してしまいました。全治三ヶ月の重傷で、彼にとっては生まれて初めての骨折でした。まだシーズン前半なだけにさぞ落ち込んでいるのでは?と心配しましたが、松井選手は冷静で前向きでした。「起こってしまったことは仕方ない。…骨は急に付くものではない。やれる範囲のことを積み重ねていく。―」とのコメントを聞き、安心しました。
 私たちには、“できることと、できないこと”があります。
 たとえば「自分の顔が気に入らない」という方がいるかもしれません。自分で目や鼻の形や大きさ・配置を変えることはできませんが、顔つきを生かしたメイクの仕方を研究することはできます。また素敵だと思える人の表情を意識してマネするよう心がけていれば、表情筋にクセがついて少しずつ素敵な表情へと変化することも可能でしょう。
 松井選手のように、自分の力でどうにもならないことはすっぱりとあきらめ、今の自分にできることを着実に行う。その積み重ねが、最後には現実を望むかたちへと近づけてくれると思います。
 もつれてしまった糸を解きほぐし、いま何ができるのかを考えるためのお手伝い―それができたらと思っています。

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“自分を表現する” (あおばタイムズ 41)

 ニューヨーク在住の世界的に有名な日本画家・千住博さんは『千住博の美術の授業 絵を描く喜び』(光文社新書)のなかで、「夢中になって描くだけなら、山のように描いてそれを押し入れにしまってすませばそれでおしまい。あえていえば、それは祈りのようなものです。でもそうではなくて、今ここで言いたいことは、人に見せるということ。見せてはじめてコミュニケーションが成立します。…どのくらい人間性を訴えられるか。人に伝えたいという心。繰り返しますが、これが大変重要なのです。」―と言っておられます。多くの人が自分を表現しようとする今の時代、示唆に富む言葉ではないでしょうか。
 インターネット上のカウンセリング検索サイト「こころ相談.com」に掲載された私のコラムが、他のカウンセラーの方々のコラムと合わせて一冊の本になることになりました。九月頃には出版予定なので、原稿の最終チェックをすることになったのです。
 カウンセリングルームを開設した頃から「あおばタイムズ」紙に文章を載せるようになったのですが、最初のうちは苦労の連続でした。たとえば日記のような自分のためだけに書く文章と、他の大勢の方に読んでもらうための文章を書くことが、これほどまでにちがった気の使い方を必要とする作業だとは思っていませんでした。
 自分の書いた文章が本になることになって、私がこれまで以上に感じているのは“責任”のようなものです。他の方がこれを読んで何かを感じてくださるなら、私が伝えたいことを正しく表現しなければならない。…自分の原稿を読みながら推敲を繰り返し、途中で「もういいか―」と投げ出したくなる衝動を抑えつつ、締め切りまでの一週間は自分自身と闘いながら何とか打ち克てたという満足感がありました。
 千住氏は言います。「何をやろうとしているのか、ということをいつも心に留めていないと、あらぬ方向に行ってしまいます。どこでもないところに辿り着いてしまうのです。何をやりたいかということをしっかりと問いかけながら制作する姿勢が必要なのです。」

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