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「うつ」のココロ

 みなさんは「うつ」になったことがありますか?
 「うつ」になったことがあります。…そう自信をもって答えられる方は少ないかもしれませんが、「うつ」に近い状態になったことがあるような気がする。…という方は比較的多いのではないでしょうか。
 今や国民のおよそ十人に一人が経験するといわれる「うつ」。決して人ごとで済まされるものではないのです。

 今は「うつ」と関係がないという方でも、一ヶ月か二ヶ月先に「うつ」にならない保証はありません。長い一生を考えますと、一度や二度「うつ」に近い状態を経験することはめずらしくなくなってきています。ましてご家族や身近な方が「うつ」になることは、誰もが経験すると言っても言い過ぎではないぐらいです。
 ですから“自分は「うつ」とは関係がない”と思っているうちに「うつ」についての予備知識を持っておくことは、決して無駄ではないのです。

 「うつ」は、病院での診断名としては「うつ病」とか「うつ状態」といった名称で呼ばれています。
 ところで体の病気であっても心の病気であっても、具合の悪くなったことを表す名前を『病名』と呼ぶ場合が多いのですが、私はとくに心の状態に関しては『病名』という名称をできるだけ使わないようにしています。どうしても必要な場合には、『病名』ではなく「診断名」という言葉を使っています。
 なぜならそのような状態は、必ずしも“病気”とは呼べないからです。“病気”というよりもむしろ、必要があったからこそもたらされた“状態”と言った方が実状に合っていると思います。

 私たちが「病気」という言葉を用いる時、多くは「健康でない状態」という意味で用いる場合が多いと思います。それは言いかえると「正常でない状態」ということでしょう。
 ところが「うつ」に関して言えば、それは「正常でない状態」ではなく、「正常だったからこそもたらされた状態」ということができます。
 「うつ」は健康だった方が本当の健康をとりもどすための『警報』であり、「うつ」を経験する期間は再び健康に戻るための準備期間とも言えるのです。

 

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WBCのココロ~それぞれの選択~

 世界16カ国の選抜チームから野球の世界一を決める第1回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)がアメリカで開催され、春分の日に日本が優勝を決めました。アジアでのライバル・韓国チームに1点差で2連敗するなど準決勝への進出がほぼ絶望視されながらの大逆転劇という私好みの展開で、しかも小学5年生だった時にホームランの世界記録を更新した王監督の率いるチームでしたから、久々に一生懸命になって応援していました。
 昨年末にはニューヨーク・ヤンキースの松井秀喜選手が日本チームに参加するのかしないのか-ということで物議を醸しました。結局は参加せず、それでもさほど非難されなかったのは松井選手の人徳があったと思うのですが、今回は松井選手にとってもイチロー選手にとっても、大きな選択だったと思います。
 「日本野球のレベルの高さを世界に知らしめたい」と躊躇なく参加を決めたイチロー選手。「大リーグでワールドチャンピオンになるのを唯一の目標にプレーしている」と大リーグでの試合に専念する構えを見せた松井選手。どちらも立派だと思います。この2人とイメージ的にはかなり異なりますが、いつも「ファンに喜んでもらえること」を第一に行動している新庄選手もまた、プロ意識の高い選手です。こういった超一流の選手達を見ていますと、一人一人の目指す方向性は違っても、それぞれが確固たる信念を持って自分のなすべきことを選択しているのが分かります。
 現在のような情報化社会では「自分は何をやったらいいのだろう?」と迷ってしまうこともしばしばです。しかし、いつも自問自答を繰り返しながら自らの方向性を見定める努力を続けている人こそ、岐路に立った時に正しい判断を下せるのだと思います。

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“ドクターズ・カウンセリング” (あおばタイムズ 34)

 私のカウンセリングルームには、心療内科や精神科の病院・医院へ通院されている方々もカウンセリングにみえています。「病院ではあまり時間をかけて話を聞いてもらえないのです」と不満を漏らす方もいらっしゃいますが、これには理由があります。
 一つは、お一人当たりの診察時間の問題です。「○○先生は時間をかけて話を聞いてくれる」ということになると、口コミなどで患者さんが増えていきます。ところが患者さんが増えていくにつれ、お一人当たりに割くことのできる診察時間は逆に短くなってしまうという、どうにも解決しがたい矛盾があるのです。
 もう一つは医療保険制度上の問題です。現在の制度では検査や診療の内容ごとに診療報酬が決まっています。たとえば心療内科などで「身体的傷病と心理・社会的要因との関連を明らかにし、心理的影響を与えて症状の改善、または傷病からの回復を図る」心身医学療法に対して与えられる診療報酬はわずか八百円(通院で再診の場合)。これでは医者が症状と生活状況や心理との関連を理解してもらおうと思っても、そのことに時間をかけていては病院の経営が成り立たなくなってしまいます。むしろ投薬や検査を多く行った方が、病院の利益になるというわけです。
 これらの理由から、現状では病院や医院での保険診療の中で時間をかけてカウンセリング的な治療を行うのは困難なことです。しかし心療内科や精神科へ通院中の方、なかでもうつ病やパニック障害、自律神経失調症や不眠症といった症状を抱える方にとって、ご自分の状態について詳しく知り不安を解消することは、治療のうえでとても大切なことです。ですから私の行っているような心療内科などの医者による『ドクターズ・カウンセリング』が、もっともっと広く普及して行って欲しいと願っているのです。

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“言葉のチカラ” (あおばタイムズ 33)

 荒川静香さんがトリノオリンピックで金メダルを取りました。オリンピック開催前、国内のメディアからは他の選手に比べてどちらかというと脇役的な扱いをされていたようにも思うのですが、ある意味見事な逆転劇でした。マスコミや私たちファンの手前勝手な喧噪の渦の中、荒川選手の表情には一貫して「自分のやるべきことに集中しよう」という固い意志が溢れていたように感じられました。きっと終始一貫、彼女は自分自身に対してそんな言葉を繰り返していたのではないでしょうか。
 言葉の力は大きいものです。荒川選手のように自らを高めるためにポジティブな言葉を反芻し、それを勇気へと変えて行くような場合はいいのですが、逆にネガティブな言葉や自分の限界を規定してしまう言葉もまた、大きな影響力を持ってしまいます。
 カウンセリングや心療内科でお会いする方の中にはよく、「私はいつも聞き役で、悩みを聞いてもらうことはほとんどありません」という方がいらっしゃいます。聞き役に回るのは決して悪いことではないのですが、そんなパターンを繰り返してストレスを感じてしまう方が少なくないようです。じつはこのような場合、『私はいつも聞き役なんだ』という自分自身への言葉かけが、余計にその状態を固定化させてしまう場合が多いのです。
 何も知らない小さな子供たちは、その時その時の状況に対してその都度思いがけない反応をします。あらかじめ考えたりはしないので、本来持っている自由な可能性が発揮されやすいのです。そしてそれは大人でも同じこと。いつも「自分はこういう人間だ」と意識しすぎるよりは、その時々に自分がどんな反応をするか楽しんでみるぐらいの気持ちの方が、幾つになっても今まで知らなかった新しい自分に出会える可能性が高くなるように思います。

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