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“カウンセリングのご案内” (あおばタイムズ 20)

 今回は、どのような方がカウンセリングルームへおみえになっているかについてお話ししたいと思います。
①“カウンセリング”を希望される方
 そもそもカウンセリングとは、カウンセラーという第三者を相手にじっくりとお話ししていただくことで、お一人では見出せなかった『気づき』が得られることによって新たな局面が開けたり、不安に思っていることに対して徐々に安心感が得られたりする、といったものです。ご家族など身近な方には相談しにくい問題でも、一人で悩まずにカウンセリングの場で話していただくことで問題に対してちがった見方ができるようになったり、かえって周囲の方との人間関係がうまく行くようになる場合も多いようです。
②心の病気かもしれないと不安に思われる方
 有馬潤一カウンセリングルームには、カウンセラーが現役の心療内科医でもあるという特徴があります。病院での診察ではお一人の方に十分な時間を割くのが難しい場合も多いのですが、心療内科や精神科への受診を迷われている方や、通院はしているがセカンドオピニオン(他の医師の意見も参考にしたい-ということ)を求める方など、カウンセリングの場で時間をかけてご相談に乗っています。
③体の不調に悩まれる方
 どことなく体の調子が悪かったり疲れやすい時、せっかく病院へ行ったのに「検査では異常ありません」と言われそれっきりになってしまうこともありますが、より健康的な生活を送るための具体的な対策をご一緒に考えることもカウンセリングの一環と考えています。内科医・心療内科医・カウンセラーの立場から多角的にお答えしています。

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G1・藤田にガッカリ!

みなさんはプロレスを見ますか?
ちなみに『私、プロレスの味方です』。

15回目を迎える新日本プロレスの真夏の祭典“G1クライマックス”だったが、戦前の前評判どおり藤田和之がリーグ戦Bブロックを全勝で勝ち上がったものの、最後の決勝では蝶野正洋に敗れてしまった。
プロレス好きの正直な感想としては、試合そのものがスイングしていないカードが多く、また蝶野のG1・5度目の優勝というのも、流れ的には先月の橋本真也の死から今後へとつながるものではあるにせよ、如何せん中途半端という感じを受けざるをえなかった。

現在の「プロレス」に関しては、NOAHが一番。これはもう、現時点ではどうしようもない。アントニオ猪木を崇拝するほどの大・猪木信者だった私でさえ、これは認めざるをえない。三沢・小橋、そして秋山。皆、強くて巧いよ。これに対抗できるのは、新日本では永田裕志ぐらいか。プロレスラーは強いだけでも、巧いだけでも“強いプロレスラー”とは言えない。でもまだ強いだけの方がマシかな?蝶野正洋のことは嫌いではないけれど、今回のG1で優勝した蝶野正洋の表情は決して嬉しそうではなかった。だって、彼は今の自分の状態を良く知っているから…。かと言って、藤田和之の試合にはプロレスラーに必要な“間”がない。ほとんどの相手とスイングできない。(それでも中西戦だけは、直線的な同士が真っ向からぶつかって面白かったと思う。)準決勝で当たった川田利明だって、ああ見えて実は「プロレスラー」だから、全然説得力のない終わり方になってしまった。今回、藤田のぶっちぎり優勝に期待していたわけだけれど、終わってみれば結局“プロレスが下手”というところだけがクローズアップされてしまった。少なくとも私の目には。

「過激なプロレス」と言われたアントニオ猪木だって、第1回IWGPのリーグ戦では2分や3分でカネックやエンリケ・ベラといったメキシコ勢を片付けていた。だから実際、今のG1は選手たちも大変だと思う。毎日のように一線級同士がぶつかれば、どこかで短時間でケリをつけるなりしなければ続かなくなるのは当然。クオリティの高い試合をやろうと思ったら、一方ではラクに消化できる日も必要になってくる。G1が新日の代名詞として人気を博すのはいいことだが、今回も真壁選手がアキレス腱を断裂して長期欠場を余儀なくされたように、もっと選手の立場や個々の試合のクオリティーを真剣に考えるべきだとも思う。毎日のように豪華カードが目白押しなのはいいが、それがすべて半月以内に消化されるようにして過ぎて行ってしまうのは、本当のプロレス・ファンにはもったいないことのように思える。本当は、G1なんて3ヶ月とか半年ぐらいかけてもいいぐらいにさえ思う。試合と試合の間隔を広げて、それこそNOAHのようにもっと一試合一試合を大切なカードとして十分練り上げてファンに提供できれば、ファンも新日本を見直すだろうし、選手に対するこれまでの評価も上がろうというものだ。もっと、フロントがファンと選手のことを考えて構造改革しなければならない時期に来ている。それができていないのが、NOAHとちがって既成勢力・保守としての(いわば自民党・守旧派のような)これまでの新日だと思うのだ。

たとえば蝶野正洋だって、試合間隔を空けてコンディションを十分に調整できる期間があれば、まだまだファンを唸らせるような試合ができると思う。本当のファンから言わせれば、なんで蝶野対永田、蝶野対天山、永田対天山が大試合としてマッチメークされないかということ。NOAHがあれだけ、三沢対小橋、三沢対秋山、小橋対秋山を年間最優秀ぐらいのビッグカードにできるかというと、これはすべて周到になされた準備の努力の差としか言いようがない。せっかく一線級のすばらしい試合を提供することができる二人の選手がいても、それをそれだけのカードとして提示できるフロントがいなければ、まさに宝の持ち腐れと言える。早い時期にカードを発表し、それに向かってなされる選手の努力。そしてその選手の姿勢を見ながらなされるフロントの努力。その相乗効果があってこそ、大舞台を踏んだ選手がますます実力をつけて行くというのが現在のNOAHの姿だろう。

藤田和之はPRIDEへ戻るべきだと思う。前ゴング編集長の金沢さんからも提案された藤田のG1参戦であり、私自身もそれに賛同してたいへん楽しみにしていたのだが、結果的にはプロレスでの限界が見えてしまった。やはり本人にすべてを懸けて臨む気持ちがなければ、それが見えてしまうのだ。藤田が自分自身の本意ではなく、しぶしぶ今回のG1に参戦したというのは見えていた。(当の藤田自身にも、もしかしたら何らかの迷いはあったかもしれないが…)橋本真也の合同葬で新日本とDSEの関係が改善したというのであれば、ぜひ藤田にはPRIDEに戻ってその強さを見せつけてほしい。もうここ何年かが勝負のはずである。本当の意味で猪木の『闘魂』を受け継ぐ藤田には、決してその選手生命を後悔してほしくないのだ。そしてPRIDE参戦の暁には、もう一度是非オーケストラ・ヴァージョンで「炎のファイター」を響かせてほしいと思う。そろそろ藤田和之には、猪木から受け継いだ“魂”をもって猪木本人と対峙すべき時期が来ているように思う。

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“心を輝かせる” (あおばタイムズ 19)

 「心と体はどちらが大切だと思いますか?」
…カウンセラーの出す質問なので『心』が正解だと思った方もいらっしゃるのでは?この問いに対する答えと理由は人によってさまざまだと思いますが、一般に“体と心”という言い方よりも“心と体”という表現の方がよく使われるように思います。私たちは知らず知らずのうちに「心は体よりも上位にあって、心が体に影響を与えている」と考えがちな傾向があるのではないでしょうか。
 先日、心身医学の考え方と、心身一如という東洋的な概念のちがいについて話してくださった内科の先生がいらっしゃいました。心身医学では「心が体に影響し、体が心に影響する」と考えるのですが、“心身一如”というのは心と体はまるごと一つで分けられないということなのです。
 私も便宜上、心と体を分けたようなかたちで説明することが多いのですが、実際に生きていくうえではどこまでが体でどこまでが心なのかよく分かりません。心理学の勉強を始めた頃は心理のことが分かれば他のことまでうまく行くのでは?と思っていたのですが、そういうものでもありませんでした。分かったのは、むしろ自分の心の状態に関わり過ぎないで実生活を前に進めていかないと、心の“ワナ”にはまってしまう-ということでした。
 心というのは外の世界を映し出すものです。自分の心だけが単独で存在するわけではありません。心の状態を変えたいと思ったら、心の中のことだけを考えるよりも外の世界に働きかけてみる方が効果があるかもしれません。心というのは他の人や世界に見てもらってこそ輝きを増す、ダイヤモンドのようなものだと思います。

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