“すべてのものは移ろいゆく” (あおばタイムズ 72)
ある本からの抜粋です。「ある特定の生き方をし、その生き方が社会的に受容されているという理由だけでそれを続ける者たちは、死の瞬間に苦しみ、後悔することになる。これをすべきだった、あれをすべきだった、この人を愛すべきだった、あの人と結婚すべきだった、というさまざまな思いが彼らを苦しめるのだ。こういった「すべきだった」ことすべてが、彼らをここに引き戻すことになり、彼らはそれらをすべて完了するまで、「今できる」ことをここで体験するのだ。」また同じ本には、こう書いてあります。「喜びとは何なのか?喜びとは、何の邪魔も入らない動きの自由のことだ。それは、何の審判もなく表現する自由だ。恐れや罪悪感なしに存在する自由のことだ。喜びとは、あなたが自分自身の視点から人生を創造していることを知っている状態なのである。それは自己の崇高な動きが許されている状態だ。それが喜びである。」
人生の創造―それはある意味、それまでの経験から『これが自分だ』と信じているはずのものを打ち壊し、忘れるようにしながら、まったく新たな体験を積み重ねてゆくことだと思います。それは時に不安を伴うものであり、未知の扉を前にした緊張や怖れを感じさせることもあるでしょう。しかしそれは当然のことであり、おそらく不安や怖れを伴わない挑戦はありえないのではないかと思います。むしろ不安や怖れを数多く体験した人ほど、ほかの人々にも共感できるよう成長してゆくのではないかと思います。いくつになっても、人間にとって感情の占める部分は大きいのですから、むしろ歳をとってもそれらを率直に表現できる方が、私はすばらしいと思います。まるで氷のように感情をフリーズさせてしまう状態よりは、素直に泣いたり怒ったり、自らの喜びを表現できることこそ、人間としての特権ではないでしょうか。私は長い間のカウンセリングの経験を通じ、今そのように感じています。そして私自身もまた、ただ特定の仕事や生き方を続けるだけではなく、その時々に応じて自分らしくあることができるような、生活の仕方を模索していきたいと思っています。
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